医師の一般的業務認識と実情の差異

今後の高齢化社会において、医師の労働環境の過酷さは、今後益々加速していくことになります。しかし、現時点ですでにこの問題を修正することは容易ではありません。
ただ、一般的な認識においては、医師の働き方に関する問題は、必ずしも切羽詰まったものではないようです。それは、「対応できないならそもそも受け入れなければいい」という発想があるからかもしれません。
これは、一般の方々の日ごろ目にするニュースで、医療の問題として取りざたされる話題に「救急搬送の受け入れ拒否」「救急患者のたらい回しによる処置の遅れ」などがあることが理由として考えられます。
しかし実際の現場に見てみると、医師の実情はそんなこととは程遠く、文字通りの「粉骨砕身」に近しいほど自らを犠牲にして懸命に日々の業務に励んでいることがわかります。それは応召義務があるからなどではなく、一つでも多くの命を救いたい・より多くのQOLを守りたいという高い志のもと、日々の業務にあたっているからに他なりません。
ニュース報道はあくまでも「容体の対応に適切な専門の医師がたまたまいない」ことや「そのタイミングで適切に対応できる当直医がいない」ために稀に起こることで、それをあたかも、「安易に打算で患者の受け入れを断っている」といった印象で報道し、市民感情の矛先を用意するメディアの報道姿勢の方に問題があると思います。
(これらが鵜呑みにされるのも医療関連の創作物に打算的な医師が多く登場する前提も少なからず影響しているとは思うのですが)
話を戻しましょう。
実際の現場の医師は、外来患者への対応や手術、術後管理までを担当しつつ、加えて日々の新しい研究や治療の勉強、さらには学会活動などにも当たっています。これで休む暇などどこにあるというのでしょうか?
若いうちはただがむしゃらに体力任せで突き進むこともできますが、医師は専門職です。長期的に健康を持続可能な業務環境にしなければ、例えば今日、医師が一人倒れた場合、容易に替えが効くものではありません。
今こそ、医療機関の内部から医師の過酷な労働環境に着目し、中身を精査したうえで、具体的な改善策を講じていくときです。

コ・メディカルと医師の労働実情の差異

医師の業務には専門知識が不可欠です。
であれば、近しいポジションの人間に、うまく業務を割り振れれば問題の解決の糸口はあるように思えるかもしれません。
ただ、医師と近い存在である「コ・メディカル」であっても、実際の勤務環境の状況は医師とは違っているのです。
(ここで言うコ・メディカル(co-medical)とは、医師の指示の下に医療関連の実務にあたる医療従事者を指しています。ちなみに和製英語だそうです。)
例えば、看護師の場合を例に挙げて考えてみましょう。看護師は交替勤務が基本です。そのため、受け持っている患者がいても、朝と夜で担当看護師が違うのは、極自然なことです。
しかし医師の場合は、通常はこのように担当患者の対応を、柔軟に替わることはできません。加えて医師の場合、外来で腫蕩が発見された患者さんの場合、外来から手術、術後の管理まで一貫して関わることもままあります。この場合、それらすべての段階を一人の医師が担当することになるわけです。
フレキシブルな対応と言えば先進的に聞こえますが、裏を返せば個人のカバーする業務範囲が無制限であるがゆえに替えが効かない、というのはシステムが未成熟であるが故の個人依存と言う実情に起因しているのではないでしょうか。交替勤務でもなく、担当交替も原則あまりないことから、次から次へと担当業務が増えていってしまうのです。
また、「応召義務」のある医師は、携わるあらゆる医療行為の責任をつねに背負っています。手術だけでなく、患者への処方も行いますし、術後の管理も行います。そうなると、仕事は移譲どころか、手を放す暇すらなくひっきりなしに連続していくことになるのです。

このように改めて整理してみると、比較的近しい立場、業務内容のコ・メディカルのスタッフと比較してみても、医師はとくに忙しくなりやすく、知識的に近しいからと言って労働環境には隔たりがあるという現状が明確になってきます。やはり、この問題を根本から解決するためには、どこか一部分の応急的な対処ではなく、医師自体の働き方もそうですし、医療機関全体の労働環境やそれに携わる認識を根本から変える必要があると言えるでしょう。